奇跡の歌

3年前、同僚のケアマネジャーからこんな告白がありました。

数ヶ月前の事、彼女の妹の旦那さんが、仕事の悩みが原因で自殺をしてしまったとの事でした。彼はまだ30代だったそうです。当時妹さん夫婦には中学1年生の娘さんがいたのですが、その子は父親の自殺に大きなショックを受けてしまい、その日以来塞ぎ込んで、部屋から出てこなくなってしまったそうです。またその子は学校へも行けなくなってしまい、家族と会話をすることもなくなってしまったとの事でした。

同僚からその話を聞いた時、何故か私はその子の辛さが我が事の様に胸に迫ってきて、苦しくてたまらなくなってしまいました。恐らく、私の中学生時代の体験と彼女の辛さが重なる部分があったからでしょう。そして私は、心の底からその子を慰めたいと思ったのです。

その晩私はずっと考えました。どうしたら、会ったこともないその子を慰める事ができるだろうかと。そうして私が考えた方法は、彼女の為に歌を作る事でした。我ながらとても良いアイデアだと思いました。何故なら、歌であれば、その子が会話をする元気がない時でも気楽に聞く事ができるし、その子の悩みや苦しみをそのまま歌詞にして共感が得られれば、その歌は彼女の心の支えになるに違いないと思ったからです。

そこで私はその子の為に歌を作る事にしました。でも大きな課題がありました。それは私は楽譜も読めず楽器も弾けない、音楽の「ど素人」だったからです。子供の頃の音楽の成績は、5段階評価でずっと2か3しかとった事がなく、その後もこの年になるまで音楽とは無縁の生活を送ってきました。そんな私がどうやって歌を作れば良いのでしょうか?

数日間は途方に暮れていました。でもそのうち悩む事にも疲れてきて、とにかくやってみようと思う様になりました。どうせ素人が作る曲だから、つまらない物ができて当たり前。恥をかくのは自分だけなのだから大した事はない。ダメ元でやるだけやってみよう!という気になり、それから私の歌づくりが始まりました。

まずはメロディを作りました。私は楽器が弾けないので、口笛で作曲をしました。なんとなく浮かんだフレーズを口笛で吹いてスマホに録音し、いくつかフレーズを録りためておきます。数時間ほどして、そのフレーズをすっかり忘れた頃にもう一度聞き直します。そうするととても新鮮な気持ちで聞くことができ、何故か不思議とそのフレーズの続きが思い浮かんでくる時があるのです。

そしたらまたそれを録音し、忘れた頃に聴き直す。そうやって、何日も何日も繰り返していくと、何となく歌のメロディラインになってくるのでした。そうやって旋律を作っていきました。

次に歌詞です。まずはひたすらその子の気持ちになりきって、そこで湧き上がってくる感情を言葉にしていきます。なかなか適切な言葉が見つからない時は、もう一度その子に気持ちを向けて、今その子は部屋の中で何を考えているのか、その子が今部屋の窓からどんな景色を見ているのか、などと想像しながら、その時浮かんできた言葉を書き留めていきました。そうすると、やがてしっくり来る言葉だけが集まってくるので、今度はそれらをつなげて歌詞にしていきます。

そうやって曲と歌詞を作りました。最後に自分で作った歌をアカペラで歌ってスマホに録音したら、曲がりなりにも私の作った曲が完成したのです。

それから私は、ネットで見つけたピアニストにこの歌にピアノ伴奏をつけてもらい、同じ様にネットで見つけた歌手に依頼をして、歌い直してもらいました。

そうしたら、それなりに聴ける曲が完成したのでした。

次に私はその歌を、私が尊敬する知り合いの音楽家のマキ奈尾美さんに聞いてもらいました。すると、マキさんはとても良い歌だと褒めてくれたのです。そしてなんとマキさんは、後日行われた自分のコンサートでその歌を歌って下さったのでした。

そうしたら、その歌が観客の皆さんから大好評だったのです。沢山の方から、感動したと言う声が寄せられました。そしてその場にいた世界的オカリナ奏者のホンヤミカコさんも、コンサートの後でこの様に言いました。

「あの歌は人の心に響く歌です。もっと沢山の人に知ってもらうべきです。是非私とマキさんでCDにしましょう!」

こうして、素人の私が作った歌が2人のプロの音楽家によってレコーディングされ昨年CD発売されたのでした。

信じられないかも知れませんが、本当に起きた事なのです。

そして、このCDは同僚を通じて女の子に渡してもらいました。その子がいつか聴ける様な気持ちになったら聴いてほしいと言うメッセージを添えて。

曲名は、その子の内に秘めた強さを信じて「Resilience 」(困難の中から這い上がる力)とつけました。

こちらがその曲です。宜しければお聴きください。