分断された時代

「他人に対する不寛容が分断を生む」

最近そんなことをよく考えます。これだけ人の価値観が多様化してきている現代においては周りは価値観が違う人だらけです。

確かに、価値観の違う人たちと一緒に過ごすことは、とてもストレスフルなことですよね。

そんな時、1番簡単な解決策は、価値観の違う人と関わらないこと。現代社会はそれを可能にしました。部屋で引き篭もって誰とも関わらなくとも生きて行けるのです。唯一関わる人は、SNSなどで価値観が似た人達だけ。だから居心地がいい。

その次に簡単な方法が、価値観の違う人を力でねじ伏せること。相手の行動を力で変えさせて、自分に従わせれば良いのです。でもこれ、やられる方はたまったものではありませんよね。当然ながら、そんな関係は続くはずがありません。

結局はどちらも、「分断」という結果になるのです。

価値観の多様化が生む「分断」。

人間社会で起きている様々な問題、戦争、飢餓、貧困、いじめ、犯罪、ヤングケアラー、これらの根っこには、個人と個人の分断がある気がします。

分断が進み、人々が孤立する社会を、どうやったら再びつなぎ合わせていけるのか。それは、つまり、「違う価値観の人たちと、どうやったら一緒に過ごせるようになるのか」という、個人間の問題に行きつくような気がします。

これって、私にとってもとても大きな課題なんです。なぜなら、私自身が今まで「分断」することを選択して生きてきたから。「嫌いな人とは徹底的にかかわらない」そんな生き方をしてきたからなんです。

これからは「分断」された人間同士の間に、ゆるーく「つながれる」要素をいかに見つけていけるかが大切になってくる気がします。それはお互いの中に小さな共通点をみつけて共感していく作業なのかも知れません。

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